1939年5月。外蒙古、ソ連と日本との間で、
かねてより国境線に関する認識が食い違っていた
ハルハ河付近の国境をめぐり発生した
ノモンハン事件が発端となり、日ソ間で紛争が発生した。
この紛争において関東軍の暴走により
無分別に拡大された戦線が、ソ連軍の高度に機械化された
機甲師団の投入により一気に崩壊。
満州各地の根拠地は次々に占領されてしまった。
そしてついにはかつての日露戦争の激戦の地、
ホウテンまでもソ連軍により占領され、
満州国はわずか7年目にして崩壊したのである。
同年9月、ドイツによるポーランド進駐が始まり、
ソ連がこれ以上の戦闘を望まなくなっていたこともあって
政府の外交交渉による停戦協定が成立した。
これにより陸軍の威信は失墜し、
政治面での発言力も大幅に低下した。