1914年 ゲルマニア
プロイセン参謀
プロイセン参謀

ゲイル・ベルテンブルク司令官殿ですね。私は現在、この地の参謀を務めています

列車から降りたったゲイルに、プロイセンの将校が話しかけてくる。
ゲイル
ゲイル

挨拶はいい、状況を説明してくれ

迎えの車を見つけたゲイルは、そのまま車に向かい歩きながら話を続ける。
プロイセン参謀
プロイセン参謀

はい。ソルビエスの兵力は圧倒的で、我がほうにくらべ三倍強の兵力を有しております。配置としては……

帝政ソルビエスの侵攻により窮地へと追いこまれつつある帝政プロイセンは、
列車を使った兵力の大規模移動によって、なんとか戦線に兵を送りこむことが成功した。
それでもなお圧倒的な兵力差にプロイセンは兵を引きつつ、
戦線を維持することがやっとの状態であった。
西部での戦いにおいても苦しい戦いを続けるプロイセンが、
司令官として担ぎ出したのが、ゲイルであった。
ゲイル
ゲイル

深刻だな……

???
???

はい

ゲイルに返事をしたのは、ゲイルと共にこの地に降りたった将校だ。
その鋭い眼差しは、軍人としての強い気質を感じられるものだ。
ゲイル
ゲイル

なんとかなりそうか?

???
???

我々に不可能はありません。私たちは――

ゲイル
ゲイル

よせっ

???
???

失礼しました

ゲイルの鋭い言葉を聞いて、将校はそのまま口を噤む。
ゲイル
ゲイル

とはいえ……この兵力差だ。お前たちだけに頼るわけにもいかない

ゲイルが思案をはじめた時……。
プロイセン参謀
プロイセン参謀

司令、よろしいでしょうか? 私に作戦がございます

ゲイル
ゲイル

うん? 言ってみろ

プロイセン参謀
プロイセン参謀

はい、ソルビエスの無線を傍受しました結果……このあとソルビエス軍が西進を続けることがわかりました

…………
……
プロイセン参謀
プロイセン参謀

指令! 予想どおり、ソルビエスが西進、タンネンベルクに兵を進めはじめました!

ゲイル
ゲイル

予定どおりソルビエスの左翼から叩くぞっ! 右翼にて指揮をとるアドルファに伝えよ! その技量のすべてを持ち、ソルビエス軍を殲滅せよと!

プロイセン参謀
プロイセン参謀

はっ

プロイセン参謀
プロイセン参謀

予定どおりだ。その技量のすべてを持ち、ソルビエス軍を殲滅せよ! その技量のすべてを持ち、ソルビエス軍を殲滅せよ!

テュール
テュール

進軍を開始するっ! このアドルファに続けっ!

その進軍はまさに火吹き竜のごとくあり……
そう語られることになるアドルファの進軍が、開始された。
テュールの師団を中心にソルビエス軍を切り崩す……。
その戦いぶりは、まわりの師団をも刺激して、大きな奔流を作りあげる。
ソルビエス軍内の不仲も重なって……戦況は一気に覆されていく……。
…………
……
数日後――
ゲイル
ゲイル

首都に伝えよ……”タンネンベルク村近くで勝利”と

…………
……
ゲイル
ゲイル

…………夢か

ぼんやりとした視界の中……ゲイルはそっと呟いた。
ゲイル
ゲイル

老いたものだな…………

ゆっくり……ゆっくりと手を持ちあげる。
ベッドに横たわった身体は……身を起こすのも簡単なことではなく、
他人の力を借りなければならないほどだ。
ゲイル
ゲイル

くくっ……鉄腕ゲイルも………………ずいぶんと錆付いてしまったものだ

その自虐的な笑みを浮かべながら……ゲイルは、ゆっくりと手を握る。
震える手は……あの若かりし頃とは…………
タンネンベルクの英雄と讃えられた頃とは……まったく違う。
弱々しく握られ震える手は……あまりにも…………
あまりにも悲しい………………。
やがて……その手も、崩れるように落ちてしまう。
もう…………。
ゲイル
ゲイル

……入れ

執事
執事

失礼します。大統領……テュール首相がおこしになりました

テュール
テュール

失礼します、大統領

入ってきたのはプロイセン労働者党代表であり、
プロイセンの首相でもあるテュール・アドルファだ。
あの戦場で、共に戦ったふたりは時を経て、
大統領と首相という要職につくようになっていた。
ゲイル
ゲイル

座ってくれ……

ゲイルに促され、テュールは椅子へと腰かける。
ゲイル
ゲイル

すまないな。呼び立てたというのに、このような体勢で出迎えることになってしまって……

テュール
テュール

いえ……それはかまいません

ゲイル
ゲイル

お前は……かわらないな……

テュール
テュール

はい……私は、そのように作られましたから……

ゲイル
ゲイル

そう……そうであったな…………

そう言ったゲイルは、目を閉じる……。
……
…………
タンネンベルクの戦いの数日前――
ゲイル
ゲイル

超人兵?

研究者
研究者

そう超人兵です

研究者は、笑む。
研究者
研究者

ご存じのように、過去、プロイセンの王家には希に傑出した才を持つ王が生まれることがありました

研究者
研究者

その秀でた才は心・技・体、すべてにおいて類い希な力を持ち……人心を集める王の中の王……そう呼ばれる王たちが、数代に一度生まれてきたのです

研究者
研究者

王家は考えました。その力の源は、この血脈の中に眠っているのではないか……と、そのことを研究するために極秘に作られたのが我々の研究機関です

研究者
研究者

我々は王の命により、その血脈を研究し……その血を科学的に分析し…………いくつかの可能性に辿りつきました。そうして……そのひとつの成果がこの超人の兵です

ゲイル
ゲイル

王の血を研究したというのか…………

ゲイルの手が強く……強く握られる。
研究者
研究者

テュール、入れ

テュール
テュール

はい

その声がかけられて……入ってきたのはひとりの女性。
ゲイル
ゲイル

彼女は?

そう聞き返したゲイルであったが……彼女が何者があるかは察していた。
あまりにも似すぎていた……。
研究者
研究者

彼女が、その超人兵です。王家の血を引き継ぎ……誰よりも傑出した力を持つ最強の兵士…………その成功例のひとりです

ゲイル
ゲイル

………………

ゲイルは息を飲み、その姿を見つめる。
精強な身体……精悍な顔立ち……強い意志を感じる瞳……。
そうして、そのすべてから溢れる覇気が……常人とは違っている。
そう……それは先代の王そのものであるかのように…………。
研究者
研究者

どうですか……彼女は?

ゲイル
ゲイル

………………お前たちの独断で、王家の血を弄んだのではないのか

研究者
研究者

いいえ、先ほども申しあげましたが……あくまでも王の命によるものです

ゲイルは研究者の心を読みとこうと睨みつけるが……
ひょうひょうとした研究者からは、その心を読みとくことはできそうにない。
ギリギリと歯がみをしながらゲイルは、ダンと机を叩く。
ゲイル
ゲイル

本当なのだな

研究者
研究者

はい、本当です

ゲイルの脅すような強い言葉を受け流し、研究者は言葉を続ける。
研究者
研究者

彼女を、あなたのもとで使ってもらいたい

ゲイル
ゲイル

どういうことだ?

研究者
研究者

王よりの命です。プロイセンは未曾有の危機を迎えています。今こそ王家の血を継ぎし超人兵の力が必要な時……あなたであれば使いこなすことができるだろうと

ゲイル
ゲイル

王より…………

ゲイルはキュッと強く拳を握りしめる。
民主化運動の盛り上がりや外敵からの侵攻により、
プロイセン国内は決して平穏な状態とはいえない。
たしかに王家の力を持つ者が軍の中にいれば…………。
ゲイル
ゲイル

わかった。引きうけよう。ただし、お前たちが王家の血を勝手に汚したことがわかればどうなるか……

研究者
研究者

はい、ご安心ください…………それと、このことはどうかご内密に……あなたの命が危うくなる

ゲイル
ゲイル

ふん……偉そうに…………まあいい

そう言ったゲイルは視線を切って、テュールのほうへと振り向いた。
ゲイル
ゲイル

テュール・アドルファ! いくぞっ。これからすぐタンネンベルクに出発だっ

テュール
テュール

はい

…………
……
ゲイル
ゲイル

お前は…………本当にあの時とかわらないな……

テュール
テュール

はい……

ゲイル
ゲイル

…………あの大戦のあと……プロイセン王家は革命により……その血を絶やしてしまった。今、その血が残るのは……お前たちのみだ

テュール
テュール

……はい

ゲイル
ゲイル

私は……あの革命は、正しかったとは思えない……はぁ……私は王家の血を絶やすべきではなかったと……思っている……はぁ

ゲイル
ゲイル

私は……王家こそ…………王家を形作るものこそが…………何よりも……大切なものであると思っている……はぁ…………ふぅ

ゲイル
ゲイル

あの大戦で作られた超人兵は100人ほど……戦死をした者はほとんどいないというのに、すでに残っているのは、あと数人…………

ゲイル
ゲイル

人の命というものは……まだ科学の力の及ばない。あまりにも遠い世界なのだろう…………きっと…………お前の命も……長くは続かないはずだ

そう言ったゲイルは、テュールのほうへと視線を向ける。
ゲイル
ゲイル

それでも……きさまは望むのか……NSPの党首となり……プロイセンの首相となった今でも…………まだ望むものはあるか? テュール

テュール
テュール

私が望むのは、権力ではありません……

そう言って……テュールは頭をふる。
ゲイル
ゲイル

ほう……

テュール
テュール

私が望むのは……胸の中でくすぶり続けるこの思いを……焦がれるほどに熱い思いを埋めるものを欲するだけです…………

テュールは、まっすぐとにゲイルに視線を合わせる。
テュール
テュール

私の闘争は、まだ終わりを迎えていません。ベルテンブルク参謀総長殿……あの日、参謀総長殿と共にはじまった闘争は終わりを迎えていないのです

テュール
テュール

そのために、私は日々を過ごしてきました…………参謀総長殿と同じように…………

ゲイル
ゲイル

そうか…………そうか……………………

ゲイルの視界が、霞みはじめる……。
それは涙のためなのか……それとも……尽きかけた命のためなのか…………。
ゲイル
ゲイル

私も…………同じだ…………あの戦は……まだ終わっていない…………序曲にすぎないのだ…………

ゲイル
ゲイル

あの日……タンネンベルクの地で…………見たお前の勇姿……それは…………まさに王の姿…………そのものであった…………はぁ

ゲイル
ゲイル

あの勇姿を…………誇り高き……プロイセンの……戦士の姿を…………世界に…………しらしめなければならない…………今がその時だ…………

ゲイル
ゲイル

はぁ……ふぅ…………はぁ…………はぁ…………悪魔の黒軍と呼ばれし………プロイセンの……姿を…………今一度……蘇えらせる時がきたのだ……

ゲイル
ゲイル

テュール…………これを…………

テュール
テュール

これは?

ゲイル
ゲイル

私の遺書だ…………これをどう使うかはお前にまかせる…………はぁ……はぁ……もう一度…………立ちあがれ…………

ゲイル
ゲイル

お前の中には…………すべてが…………誇りが……悲しみが……怒りが…………そのすべてが……お前の血には……王家の血には根付いている

ゲイル
ゲイル

このプロイセンの未来は……お前にまかせる…………ジーク…………ハイル………………

テュール
テュール

…ジークハイル

……
…………
テュール
テュール

戦車隊進めっ!!! 侵攻を食いとめ、我々プロイセンの恐怖をソルビエスの兵たちに未来永劫刻みつけるのだっ!!!

ゲイル
ゲイル

…………これが、王の血というものか

本部で作戦の指揮をとっているゲイルはテュールが率いる師団の無線を聞き、
うなるように言葉をもらした。
テュール隊の活躍は有線、無線を通じ、
タンネンベルクに集ったプロイセン兵たちに届けられる。
圧倒的な兵力差の中、その力強い行動が……。
その力強い言葉が……。
兵士たちの勇気を奮いたたせる。
この戦いが勝利に終われば……
司令官のゲイルは救国の英雄となることだろう。
しかしタンネンベルクにいた者たちの心は、テュールのことを忘れることはないだろう……
それはゲイルも同じであった………………。
ゲイル
ゲイル

この光が……プロイセン王家を……民を……すべてを照らす光となることを…………

…………
……