ユークレイン。
ソルビエスとプロイセンの境界にあるこの都市は、両国の間で戦端が開かれて以来、戦闘の最前線となっていた。
身を切るような寒風が街角を吹き抜け、人々は肩を縮めて歩く。
そのさまは、見えない恐怖におびえているようでもあった。
戦争の影はすでに間近に迫っている。それを誰もが予感しているのだ。
その、不穏な空気にあふれたユークレインの地に、一台の軍用列車が到着する。
列車から降りたったのは、見目麗しい、軍服姿のふたりの女性。
ひとりは、雪のように白い髪を風になびかせ、同じくらい白い純白の顔に険しい表情を浮かべている。
彼女は、ゴルフォリア・アレクサンドル。
ソルビエス軍でも最強とうたわれる将軍のひとりだ。
ゴルフォリア
ゴルフォリア

今日は、いつにもまして風が冷たいな……多難な前途を予想させる手厳しい出迎え、といったところか

その傍らで、もうひとりの長い黒髪の女がふんわりとした笑みを浮かべている。
バルクロワ・マリノー。ゴルフォリアの友人であり、彼女もソルビエス軍の将軍のひとりだ。
バルクロワ
バルクロワ

そんなに寒いですか? 私はちっとも気にならないんだけど

ゴルフォリア
ゴルフォリア

お前は本当に暑がりというか、寒さに鈍感だな、バルク……むしろ、うらやましい

ふたりは並び立ち、ユークレインの街並みへと目を走らせる。
その周囲で、地元民たちが彼女らの存在に気づいてざわつき始める。
住人A
住人A

おい、あれ、冬将軍様じゃないか?

住人B
住人B

ああ、新聞に写真が載ってるの見たことあるぜ。本当にお美しい……

住人A
住人A

それじゃ、その隣にいるのはバルクロワ様か?

住人B
住人B

おふたりは親友らしいからな。こうして並んでいる姿を見られるだけで光栄ってもんだ

ゴルフォリア
ゴルフォリア

……まったく騒々しい。どこにいってもこうして騒ぎ立てられる

彼女たちをほめそやす人々の声にいささかうんざりした様子のゴルフォリア。
バルクロワ
バルクロワ

あらあら、照れちゃってもう。ほんとは恥ずかしいだけなんでしょ?

ゴルフォリア
ゴルフォリア

……うるさい

にやにやしているバルクロワから目をそらすゴルフォリア。
実際、人見知りの彼女はこうして注目されるのは本意ではない。
こうなってしまったのは、様々な状況や思惑のなせる業だ。
美貌と才気を併せ持つゴルフォリアは、「冬将軍」のあだ名でソルビエス全土に知られ、
兵や市民からも絶大な人気を得ている。
ソルビエス軍は彼女の知名度を活かし、様々なメディアで彼女を起用し、
プロパガンダに利用するようになった。
祖国のため、人々の士気を高めるという理由があるのなら、と、
ゴルフォリアは不本意ながらもその立場を受け入れているというわけだ。
バルクロワ
バルクロワ

いいじゃありませんか、ゴルフォちゃん。こんなにみんなに愛されちゃって、私も鼻が高いです

ゴルフォリア
ゴルフォリア

お前は私の親戚か何かか。別にお前には関係ないだろう

バルクロワ
バルクロワ

大ありですよー。ゴルフォちゃんが目立てば、いつもいっしょにいる私だって有名人になるんですもん

バルクロワ
バルクロワ

でも、私のことは夏将軍様って呼んでくれないんですよねー。ちょっと残念

ゴルフォリア
ゴルフォリア

それはお前が自分で言ってるだけだからだろう

とぼけた相棒にあきれつつ、ゴルフォリアは視線をあたりに走らせる。
彼女の目に留まった兵士が、憧れと怯えの入り交じった様子で敬礼をした。
冬将軍の威名はどこまでもとどろいているようだ。類稀な戦術眼を持つ名将、そして冷酷なる将軍として。
ゴルフォリア
ゴルフォリア

怖れられたものだな……こちらの方こそ、いつ首が飛ぶか分からない恐怖に怯えているというのに

現在のソルビエスの最高指導者であるヨルジフは、容赦のない男だ。
政敵を次々と粛正し、その地位を盤石のものとしてきた。
中には、本人にその気もないのに、ヨルジフの勝手な思いこみで反逆者と見なされて、
処刑、あるいは追放されたものも少なくない。
才気を発揮しすぎ、目立ちすぎればヨルジフに目を付けられる。かといって自分を抑え、
そのせいでプロイセンや皇国に敗北すれば元も子もない。
凍土に覆われたソルビエスだというのに、ゴルフォリアの足下はまるで薄氷だ。
油断すれば、真下の冷たい海に真っさかさま。そんな危うい綱渡りを、彼女は続けている。
ふと油断すれば、地面がバキリと砕けて奈落の底に突き落とされるのではないか、
という妄想が、ゴルフォリアの頭をよぎる。
バルクロワ
バルクロワ

あんまり気にしすぎない方がいいですよ、ゴルフォちゃん

相棒に軽く肩を叩かれ、ゴルフォリアははたと我に返る。
バルクロワのほんわかした笑みが、彼女を見ていた。
しかし、彼女の瞳の奥底にはいつも燃えさかる熱が宿っているのを、ゴルフォリアは知っている。
バルクロワ
バルクロワ

今は戦争の真っ最中。プロイセンが迫り、今は皇国の脅威もある。戦果を出している限りは、むやみに私たちを粛正はできない。でしょ?

ゴルフォリア
ゴルフォリア

だといいがな……

バルクロワ
バルクロワ

いずれにせよ、私たちには勝ち続けるしか道はありませんもの。負けたらおしまい。だから……今度も勝ちましょう、ゴルフォちゃん

バルクロワ
バルクロワ

私たちふたりが揃えば、敵兵なんて一ひねりです

バルクロワの放つ鋭い気配は、牙を隠した野生の獣を思わせる。
のんきな態度をとってはいるが、バルクロワは現場からの叩き上げで出世してきた武闘派だ。
高い地位に上がった今もなお、最前線に出撃して戦うことをこよなく愛する根っからの軍人。
その凶暴な牙にヒヤヒヤさせられることもあるけれど、今のゴルフォリアには彼女の強さが頼もしい。
ゴルフォリア
ゴルフォリア

……ああ。私たちは絶対に負けん

決然とうなずくゴルフォリアの胸中には、冷たく固い、鉄の意志が宿っている。
冷厳なる嵐のような冬将軍、ゴルフォリア。
そして灼熱の太陽のような自称夏将軍、バルクロワ。
美貌のふたりが放つ殺気は、凍土を吹き荒れる暴風のよう。
兵たちは、ゴルフォリアたちを、魅入られたように見つめていた。