ルーベルト
ルーベルト

昨日、我らアルメリカは多大なる恥辱を受けた。諸君らもご存知の通り、我が国の領土であるハワイが皇国の奇襲攻撃を受けたのだ

ルーベルトの目の前には、上院と下院の議員がいる。
いつもはむしろ手強い敵である彼らであったが、
今日ばかりは味方、いや、共犯といったところか。
ルーベルトがやろうとしているのは、最後のダメ押しのようなものである。
ルーベルト
ルーベルト

我が国と彼の国は平和的関係を築いてきた。我らは日の本の懇願のもと太平洋の平和維持を目指して皇国政府と交渉中であった

ルーベルト
ルーベルト

しかし彼らはその交渉を無視し、宣戦布告の暴挙に出たのである

議員たちは一人残らず大統領の言葉を真剣な眼差しで聞く。
ルーベルト
ルーベルト

日の本からハワイへの距離を考えれば、今回の攻撃が意図的に計画されたのは明らかである。奴らは外交交渉の期間中に偽りの文言をもって奇襲をかけてきた

実質最後通告を出してきたのはアルメリカであった。
あれで戦争にならぬとは、さすがのアルメリカも思っていない。
ルーベルト
ルーベルト

(時間はかけられないな。我が国はデモクラシーの国だ)

民意を損なえば、政権は倒れる。皇国との決戦の機会も失う。
ここで皇国への復讐の気運を高め、一気に戦争を終わらせるべきであった。
だが議員たちの間には、この機に乗じて皇国を滅ぼすべきという声も上がっている。
戦争を終わらせるのと、皇国を滅ぼすのは同義ではない。
だがアルメリカという国は、その両者の区別が十分についていない。
ルーベルト
ルーベルト

(正気の沙汰ではない。なぜわざわざ皇国などを滅ぼしてやる必要がある)

皇国をアルメリカの経済ブロックに組み込めば、
アルメリカはソルビエスの南進を阻止、太平洋の利権も手に入るのである。
ルーベルト
ルーベルト

(皇国はなんとしても生かさねば)

もちろんルーベルトもまた、この時代の列強指導者にふさわしく、
帝国主義の信奉者であった。世界の覇権をかけた争いを前に、アルメリカが躓くわけにはいかない。
ルーベルト
ルーベルト

かかる攻撃による被害は甚大である。私は遺憾ながら、此度の攻撃により多くのアルメリカの尊い命が失われたことを告げねばならない

ルーベルトは、心中苦虫を噛み潰す。
全ては己の甘さが招いたことだ。皇国の破壊力と果断さを甘く見ていた。
ルーベルト
ルーベルト

……皇国よりの卑劣な奇襲に対し、合衆国は断固として戦いぬかねばならない

ルーベルト
ルーベルト

よってこの残虐行為以来、我らアルメリカ合衆国と皇国は、戦争状態にあることを、ここに宣言するものである!

拍手が生まれた、怒涛のごとき拍手である。
議院がこれほどの熱狂につつまれたことがあったであろうか。
ハワイに艦隊が向かっているという報告はあったものの、
アルメリカとしては奇襲をわざとうけて国際常識を知らぬ卑劣な敵として
皇国を印象づけたかったところがある。
想定通り世論は燃えたが、皇国も懸命にプロパガンダを行っている。
皇国内ではかなりの高官にいたるまで人材の入れ替えが進んでいる。
国内の意見統一を進めるのは当たり前の手である。
事実、列強が殺しあうこのヴェルサイユ体制下の世界、
ほぼすべての国がデモクラシーを捨てていた。
向こうも戦う気なのである。しかも勝つつもりであった。
ルーベルトは敵の不敵さに狂気すら感じた。
そして議員たちの何人が、皇国と戦うということの意味を理解しているのか。
ルーベルトは少々の憂鬱をおぼえる。
ルーベルト
ルーベルト

(……やはりおかしい。この戦争、割に合わんのではないか)

若き大統領はそう思わざるを得ない。
アルメリカ某所…
豊かな自然に囲まれた土地の中に、その街は突如として出現する。
美しい中世風の建築が立ち並ぶその一角は、アルメリカとは思えない。
この街の中心地に、非常に広大な邸宅がある。
規模であったら、宮殿にも匹敵するであろう。
その宮殿の一部屋に、四人の男たちがいた。
彼らこそは「ワイズマン」。
合衆国の経済を支える四大財閥の当主たちである。
慣例的に、彼らはお互いを自らの保有する財閥の名で呼んでいた。
いかなる有権者とて、彼らの意向は無視できない。
事実上この大国を牛耳り動かす存在……影の支配者である。
四人のうち一人は巨漢である。
だがその所作は妙に女性的であった。
女性的な仕草。
それでいて男の見た目には、滑稽さは感じられない。
まるで派手な容姿を見せつけながら無慈悲に獲物をむさぼる南方の毒虫がごとき男だった。
男の名はコノップス、ワイズマンと呼ばれる者たちの一人である。
コノップス
コノップス

これで、私達もブリタニアと同じ船に乗ることができたわけねぇ

コノップスはワインを飲み干した。
飲み干した液体は血のように赤くドス黒い。
コノップスの前に立つ老紳士は、コノップスの言ににやりと気障な笑みを浮かべた。
ただの嘲笑ではない。この男の嘲笑には年季が入っていた。
男の名はシェンブロン。やはりワイズマンの一角である。
シェンブロン
シェンブロン

稼がねェといけねえからなあ。ブリタニアにも中天にも、安くない額を投資しているんだしよ

コノップス
コノップス

私達としちゃ、戦争ってだけで稼げはするけどねえ

シェンブロン
シェンブロン

相手は国だからな、たしかに払いはいい。だが商売としてはつまらん

シェンブロンは手にしたグラスを一気にあおった。
コノップス
コノップス

それにしても、もっと早くに参戦できればよかったのにねぇ。中天にかけた分ちょっと損しちゃったわぁん

コノップスは腰をくねらせる。
まるで有毒のタコを連想させる仕草であった。
一見軍人にも見えるいかめしい顔の男が、二人の会話に割って入る。
ペトロウム
ペトロウム

ルーベルトの選挙公約は、戦争への不加入だった。お膳立てがなければ参戦は難しかっただろう

一見するとこの男は、二人のワイズマンにくらべれば理性的、禁欲的に見える。
だがペトロウムは、ワイズマンの名に恥じぬ男ではあった。
シェンブロン
シェンブロン

支払いが遅れる分、上がりはでかくなるってもんだ

コノップス
コノップス

でも中天ってちゃんと借金返せる訳?

シェンブロン
シェンブロン

……皇国が負ければ中天に賠償金を払うだろ。そのカネをいただくのよ

コノップス
コノップス

あらやだ、悪党ねえ。ふふふふ

シェンブロン
シェンブロン

へっ、おまえほどじゃねーよ

もちろんそんなことは、彼らも織り込み済みである。
いわずもがなのことをいってふざけているのだ。
一人、ペトロウムだけが笑っていない。
コノップス
コノップス

(あらやだ、ダンマリだわ)

シェンブロン
シェンブロン

(何考えてんだろうね、この仏頂面はよう)

コノップスとシェンブロンは、このペトロウムを少々異質な相手と見ている。
コノップス
コノップス

ま、お膳立てのかいあってルーベルトちゃんは開戦してくれたわけだしねえ……

コノップス
コノップス

(……お膳立てって、アノ通告のことかしらねェ?それともハワイでの無様かしらん)

シェンブロン
シェンブロン

たーだよ、ちいと気になるわなあ

ペトロウム
ペトロウム

何がだ

シェンブロン
シェンブロン

なんでわざわざアルメリカが本気で皇国を相手にせにゃならんのよ。俺達は列強同士の戦いを裏で見てればいいんじゃねえのかい?

その上で一国だけ戦争をまぬがれ、戦後に勝った国と負けた国の双方から金を取り立てる。
アルメリカ人はそのような目論見があるからこそ、平和主義を表明しているのだった。
ペトロウム
ペトロウム

皇国は、潰しておかねばならない敵だ

ペトロウムは、淡々としている。
悪い意味で個性の強い二人とは対照的であった。
コノップス
コノップス

こっちは商売できればいーんだけどぉ?

ペトロウム
ペトロウム

資源は有限だ。皇国に分け与える分はない。地球上で繁栄してもいいのはアルメリカだけだ

シェンブロン
シェンブロン

アルメリカで資源独占はいいが、じゃーどうやって資源の値段を上げるんだよ。ええコラ

コノップス
コノップス

1ドルでも高く買ってくれる相手に売るのが、資本主義でしょ~ん?

シェンブロン
シェンブロン

(…………なんかしらんが、コンニャロ、商人って柄じゃねーんだよなあ……)

商人ならば、もっとこの局面に目をぎらつかせるものではないか。
彼らはそう思っている。
戦争とは両者にとって事業の一環でしかない。
だがペトロウムのスタンスはどうも違う。
変な話、あまりにも官僚的なのである。
ペトロウムは、両名の挑発に眉一つ動かさない。
そして、似たような表情の男が、今一人。
かかる悪魔的な社交の場にあって、この男だけが静謐を保っている。
一見するとこの男、老賢者か魔術師のように見えなくもない。
だが、深い眼窩の奥の瞳は、言葉にできぬほどの毒気が存在している。
この男こそが、ワイズマンの最長老、エネクソンである。
年齢もそうであるが、財力と影響力ではワイズマンの中でも抜きん出ている。
事実上このワイズマンたちの首魁と呼べるものであった。
エネクソン
エネクソン

……戦端は開かれた。ひとまずはこれでよい

コノップス
コノップス

それってどういう意味?

エネクソン
エネクソン

もはやルーベルトは、自分で戦争を終わらせることはできん

コノップス
コノップス

小娘ちゃんは、ちゃんと芸をしてくれるかしらねぇ。お手、とか

シェンブロン
シェンブロン

オイオイ……そりゃカワイイな

ペトロウム
ペトロウム

彼女とて、立場はわきまえてはいるでしょう

エネクソン
エネクソン

シンボルとしては申し分ない……だが、少々若すぎるな

コノップス
コノップス

そりゃあアノ見た目でいい年ってことはナイでしょ

エネクソン
エネクソン

……青いといっておるのだ。……ルーベルトは演説で涙一つ流さなかったというではないか

シェンブロン
シェンブロン

そーだなァ。気丈なもんさ

エネクソン
エネクソン

……だから青いのだ。……涙の一つも流しておれば、一気に世論は加熱したというのに

コノップス
コノップス

(うわああ、それって随分イヤな女じゃないの……爺ってセンスが古いのよね……)

エネクソン
エネクソン

……顔で泣いて、心は覚めているのが政治家というもの……腹芸のひとつもこなしてもらわねばな

コノップス
コノップス

戦争のシンボルにするってわけね? 随分皇国との戦争に入れ込むのねえ、エネクソンは

エネクソン
エネクソン

合衆国とは、つまり世界そのもの。合衆国に逆らった国がどうなるか、皇国の滅亡をもってすべての国々にしめさねばならぬ。それが我らの大義なのだ

コノップス
コノップス

(えーっと私達って……商売人のはずよねェ。……でも、ぞくぞくしちゃうわ)

シェンブロン
シェンブロン

(国を食い物にするのはいいが、ジイさんのいってることは食い物にとどまらねえヤツだな)

一方ペトロウムは、エネクソンの言葉を黙って反芻している。
コノップスはワイングラスをかかげた。
コノップス
コノップス

合衆国のために

シェンブロン
シェンブロン

我らはワイズマン

ペトロウム
ペトロウム

合衆国の、そして世界の支配者……

エネクソン
エネクソン

全ては我らの理想のために

四者はそれぞれグラスをかかげ、傾ける。
米国を牛耳る男たちには、それぞれの思惑があるようであった。