ヘプブリカ。アルメリカの南に位置する大陸国家……
この地が存続した理由は、いくつかの奇跡が重なってのことであった。
大航海時代に、世界では多くの民族が欧州人に虐殺され――
植民地として支配下に置かれた。
しかしヘプブリカは本格的に制圧をされる前に、
侵攻をしていたヴァレンシアが伝染病によって壊滅した上に、
アルメリカがあいつぐ戦争で混乱する間、原住民が決起。
……彼らにはある伝説があった。
海を渡ってくる民は悪神の使いなり、ことごとく殺すべし。
原住民、いやヘプブリカの民人はその教えを忠実に守った。
彼らは、アルメリカ制圧の戦に原住民を利用しようとするフランセーヌなどの
支援を受けてテクノロジーを手にし、独立勢力として立ち上がった。
そこに至る道は過酷であったが……
皮肉にも欧州人への敵意が、ヘプブリカの民族を団結させた。
欧州の民は悪魔であるということは、他ならぬ彼ら自身が証明したことである。
他国への不信と差別は国家運営の要であった。
そうでもなければ国境など必要はない。
ヘプブリカ百部族の長、バルガス・サンボルジャは、草原をじっと見つめている。
彼が読んでいるのは、新聞である。
ヘプブリカの歴史を知るものが、その新聞を見たら、まず驚愕したであろう。
それは他ならぬヘプブリカ語で書かれていたのである。
統一された書き文字を持たなかった彼らは、アルファベットを取り入れ、
独自の言語まで生み出していた。驚くほどの順応性であった。
バルガス
バルガス

アルメリカと皇国が開戦したか

皇国……日露戦争において、ソルビエス相手に奇跡の勝利をなした国。
面白い争いをする。
バルガスはニヤリとわらった。
片や、アルメリカ。
ヘプブリカという国にとって、最大の敵は常にアルメリカである。
現在百部族の傘下にある部族の中には北アルメリカ大陸で暮らしていたものも多い。
アルメリカを滅ぼし、全ての海を渡りし民を亡き者にするのは、
バルガスのみならず百部族すべての願いであった。
だが――
バルガス
バルガス

我らが敵アルメリカは、彼らの故郷を追われし反逆者の国。人の姿をした悪鬼ではあるが、悪鬼の中にあっては、少しばかり善良である

百部族はアルメリカ人の邪悪さを知っているが、幾度と無く殺しあった相手に対し、
愛着を覚えていないわけでもなかった。
アルメリカ大統領の生皮は、今でも神殿の奥に飾られている。
戦いで生け捕った大統領の皮を、神官たちは生きながらにして剥ぎ取り神に捧げた。
つまり、彼らなりに敬意を表しているのである。
だがバルガスは、欧州の人間の生皮を神殿に捧げる気にはならない。
先の大戦、第一次大戦で彼らの見せた蛮行は、彼らもよく知っている。
バルガスらは悟った。
たしかにアルメリカの民は、彼らの中での落ちこぼれなのであろう。
本場の蛮行の凄まじさ、それはアルメリカ人の暴力を知る彼らをして心胆を寒からしめたのである。
欧州人の残虐さは、彼らの理解が及ぶところではない。
バルガスが評するに――
バルガス
バルガス

……アルメリカの民には、ヘプブリカと条約を結ぶだけの理性がある。……ブリタニア、フランセーヌもまた同様。悪鬼の種とはいえ、彼らなりの道理はある

世界を支配すると豪語し、地球上の多くの民を植民地化するブリタニア。
革命の美名のもと社会を混乱させしフランセーヌ。
ヘプブリカにとってこの両国は、アルメリカという敵に対して支援をする友邦といってよかったが、
ヘプブリカ人はまるで彼らを信じていない。
わけのわからぬ邪神を信じるブリタニア人に、精霊の教えを捨てよというフランセーヌ。
信じる理由など存在しない。
だがこの両国そしてアルメリカはまだずっとまともで、マシな国といえる。
バルガス
バルガス

……プロイセン、ソルビエス。この両国の残虐と邪悪――我らの神話の悪神が、まるでかよわいクイのように見えるわ

クイとは、ヘプブリカの民が好む動物、モルモットのことである。
好むというのはもちろん食用としてだ。
バルガス
バルガス

悪鬼どもは、この大地に住む民全てを滅ぼすつもりのようだ

バルガスには彼らの恐れが少しだけ理解できた。
彼らが恐れるのは、彼ら自身なのだ。彼らの狂った宗教によれば、
世界はいつか終わり多くの者が殺され、少数だけが生き残るという。
彼ら自身が、自分たちの種族を嫌悪し滅ぼしたがっているのだろう。
だがそれに巻き込まれて滅ぼされるわけにはいかない。
バルガス
バルガス

戦が始まる。各部族の酋長共も、戦の予兆を感じていよう

彼らには、それぞれ独自の情報網がある。
ヘプブリカには、自国にしか算出しない様々な輸出品があり、世界中にそれを輸出している。
彼らを通じヘプブリカのものは正確な情報を手にしていた。
バルガス
バルガス

我らが祖神、踊る大霊よ……我らに悪鬼を制する力を与え給え!

バルガスは立ち上がり、豪快な笑みを浮かべた。
興が乗ったバルガスは、踊りたくなった。
ちなみにバルガスの名前は通称であり”バルガスを引き裂いたもの”という意味である。
この男はいわゆるコンキスタドール、侵略者であったが、
バルガスの先祖によって八つ裂きにされた。その先祖から受け継ぐ名である。
いくつか存在するバルガスの名の一つであった。
???
???

アナグマのいびき、お茶をもってきましたよ

これはバルガスの名前の一つである。
バルガス
バルガス

おお、ネレス。我が娘

バルガスは娘が持ってきたグァンパ(動物の角でできた杯)を受け取り、
なみなみと注がれたマテの茶をあおった。
ヘプブリカでは代表的な嗜好品である。
栄養も豊富であり、痩せた土地では脚気を予防するために呑まれている。
ネレス
ネレス

喜びの精霊がとりついたようですね

バルガス
バルガス

いや、大霊よりの言葉を感じたのだ

ネレス
ネレス

どうしたのです

バルガス
バルガス

戦が始まるのだ

ネレス
ネレス

それが喜ばしいことですか

バルガス
バルガス

海を渡りし民の生皮を剥ぐ好機がきたのだ。我らヘプブリカの戦士が、戦場の舞を踊る機会がな。もっと喜ぶがよい

ネレス
ネレス

ネレスは心配です……それに、海を渡りし民と争ってばかりで良いのでしょうか

バルガス
バルガス

我ら太陽の民は、悪鬼とともに生きることはできぬ

ネレス
ネレス

アルメリカの民とはともに精霊の舞を踊ったじゃないですか

これは、アルメリカ側としては不可侵条約を結んだというふうに認識されている。
アルメリカにとっては無論屈辱であったが、ヘプブリカは片手で捻れる相手ではないし、
ヘタに戦端を開けばすぐさま他の列強が介入してくるだろう。
もちろんヘプブリカはそこにつけこんだのである。
彼らは彼らなりに狡猾であった。
バルガス
バルガス

あの踊りはなってなかった

ネレス
ネレス

そうでしたけど

バルガス
バルガス

我らには戦うより他に無いのだ……ネレス、戦の前にお前には伴侶をみつけてやりたかった

ネレス
ネレス

ダンナサン……でも私は、アナグマのいびきが心配

バルガス
バルガス

嬉しい事をいってくれる。だが俺は大丈夫だ

ヘプブリカの大統領、バルガスは笑った。
欧州の者は理解していないが、ヘプブリカ百部族は王を載かない。
バルガスは部族の酋長ですらないのである。
アルメリカの者が持ち込んだ選挙制を、
ヘプブリカの民はもっとも優れた戦士を選ぶためのものと理解した。
そして選挙の結果選ばれたのがこのバルガス。
いや、バルガスを引き裂いたものなのである。
この男が率いるヘプブリカは、当然一筋縄でいかない。