シュイス、建国の地――
溢れる人たちの中心には、大きな演台が用意されている。
みなは、その視線を一心に向け、救国のために立ちあがった、ひとりの少女を待ち望んでいた。
その視線の中、ひとりの少女が姿を見せると……大歓声があたりの山々にこだまする。
その大歓声に気圧されることはなく、彼女は演台までまっすぐ歩く。
そうして……
???
???

みな、集まってくれたこと、うれしく思う。私は――

……
…………
………………
連邦議会議事堂――
議事堂の廊下に、硬い靴の音が鳴り響く。
乱れのない足音は、訓練をうけた者の足音だ。
風をきり、外套をはためかせ歩く姿は、どこにでもいる少女のようだ。
しかし、その姿をしっかり見れば、その強い客気に誰もが気がつくことだろう。
大きな扉の前につくと、門兵がドアを開く。
門兵
門兵

アンリ・メジエール大佐がこられました

アンリ
アンリ

遅くなり、もうしわけございません。国境のほうへ行っていたため、時間がかかりました

議会長
議会長

こちらこそ急な呼び出しをしてすみませんでした。座ってください

彼女を出迎えたのは武装中立国家シュイス連邦、連邦議会議長――現在のシュイスにおける最高指導者だ。
アンリ
アンリ

今の時点で、私を呼びだすということは、それほどの緊急事態と考えてよろしいですか?

議長は、ゆっくりとうなずき、アンリとじっと目線を合わせる。
議会長
議会長

プロイセンが行った侵攻により、現在欧州各国は未曾有の危機にたたされています。すでにポスポリタ、ネーデルランドは陥落し、その自治を奪われています

アンリ
アンリ

はい、私もそのために、国境を固める準備をしていました

議会長
議会長

それだけではないのです……まだ正式な情報ではありませんが、フランセーヌも一両日中に、その首都が陥落することになりそうです

アンリ
アンリ

本当ですかっ!

無言で、うなずく議長を見て、アンリはグッと拳を握りしめる。
アンリはシュイスでは少数派のフランセーヌ系の血脈を持つ家系だ。
アンリ
アンリ

我々の国境はすべてプロイセンに抑えられてしまいます……完全に世界から孤立することになります

議会長
議会長

はい……連邦政府は、あらためて武装中立国家の宣言と同時に国家非常事態宣言を発することにきめました

議会長
議会長

私を代表とした委員会で、迅速な国家運営をおこないプロイセンとの戦いを進めます。そうしてアンリ、あなたに最高司令官をお願いしたいと思います

アンリは、まっすぐに議長を見つめ……その心を推し量ろうとする。
アンリ
アンリ

条件があります。軍の実戦指揮の権限を政府、議会、委員会から完全に独立をさせ、最高司令官に集中することをお願いします

議会長
議会長

シュイスの国益に反しないかぎり約束します。ただし国益に反すると判断した場合、あなたを即時解任します。いいですね

アンリ
アンリ

それは当然です。それともうひとつ、建国の地にて演説の場を用意いただきたい

議会長
議会長

それはすぐに用意しましょう

アンリ
アンリ

どうやら嘘はないようで、安心しました

軽く目をつむったあと、すぐにアンリは立ちあがり――
アンリ
アンリ

アンリ・メジエール大佐、最高司令官の役職を拝命いたします

………………
…………
……
アンリ
アンリ

みな、集まってくれたこと、うれしく思う。私はアンリ・メジエール将軍。国家非常事態宣言を受け最高司令官となり、軍を率いることになった

その一言に、観衆から大きな歓声が響きわたる。
その大きな期待を受けとめるだけの強い客気を彼女は持っている。
アンリ
アンリ

今、欧州は未曾有の危機に直面している。プロイセンによる軍事侵攻は、周辺の国を飲みこみ、いまだ勢いを弱める様子はない

アンリ
アンリ

すでに第一共和国はプロイセンにより併呑され……イタリアーナはプロイセンと関係を強め、歩みを共にしている

アンリ
アンリ

ポスポリタ、ネーデルランドの首都が陥落し、プロイセンの恐怖による統治がはじまっていることは、みなの知ってのとおりだ。そうして…………

ギュッと強く拳を握り、アンリは胸へと掌をあてる。
アンリ
アンリ

私のルーツであるフランセーヌも……その荒波に飲みこまれ、つい先ほど首都が陥落したという一報がもたらされた

アンリ
アンリ

それぞれにルーツはあるものだ。シュイスにはプロイセンをルーツを持つ者も多く、プロイセンに協力を望む者も少なくないのも知っている

アンリ
アンリ

それぞれのルーツを大切に思う気持ちは大切だ。しかし考えてほしい! 先人たちがどうしてこの地に集い、シュイスを永世中立国としたのかを!

アンリ
アンリ

その理想を形作るため、どれほどの労を……戦いを重ねたのかを……

アンリ
アンリ

先人たちが汗を……血を流し、勝ち得た中立の心を絶やすこと……それは即ち、自らのルーツを穢すことになるのではないかっ!

アンリ
アンリ

先人が築き、守ってきた自主独立の精神と永世中立を堅守することを、シュイスの礎となった先人たちに誓うことを私は宣言する!

シーンと静まり返った会場…………
しかし、その観衆の胸には、アンリと同じように掌が宛がわれている。
それはアンリと思いを同じくするという宣言だ。
やがて――
シュイス国民A
シュイス国民A

アンリー!

そのかけ声を合図とし……みなが口々に叫びはじめる。
シュイス国民B
シュイス国民B

シュイスー!

それは大きな脈動となり、会場を……建国の地を包みこみ、険しい山々にこだまする。
アンリの宣言と熱気は、ラジオを通じてシュイス国内へと広がっていった……
…………
……
アンリ
アンリ

ふぅ……

演説を終え自室に戻ったアンリは……深いため息もらす。
アンリ
アンリ

これで……シュイスがひとつにまとまればいいが……

背もたれに身体を預けるように、椅子に浅く腰かける。
シュイスは多くの民族が集まった多民族国家として建国している。
現在も地域によって言語が異なり、時に思惑が入り乱れる。
今回は、元々の移民が多いプロイセンに端を発する問題のため、その影響は大きい。
国がふたつに分裂する……過去に経験した苦い思い出を、
もう一度味わうことになる可能性もあった。
アンリ
アンリ

…………入ってくれ

議会長
議会長

おつかれさま……アンリ

そう言って入ってきたのは、演説のお膳立てをした議長であった。
アンリ
アンリ

あなたか……議長

議会長
議会長

くすっ……ここは、公の場ではないわ。昔のように、名前で呼んでくれないの?

アンリ
アンリ

さて……どんな名前でしたか……

そう言って、プイとそっぽを向いてしまう。
議会長
議会長

あら、寂しいわね……くすっ…………でも助かったわ。あなたの演説で、みんながひとつにまとまりそうよ

アンリ
アンリ

そうですか……

すこし安心したように、アンリは軽く息を吐く。
議会長
議会長

演説を聴いて確信したわ、あなたは政治家に向いているわよ……どう? 今からでも

アンリ
アンリ

よしてください……私はあなたたちみたいに、笑って嘘をつけるほど器用ではありません。隠れて嘘をつけばいい戦争くらいが関の山です

議会長
議会長

あら、ひどいわね。まあいいわ……でもこの戦争で私が命を落としたら、その時は――

アンリ
アンリ

あなたの命は、私が……私が絶対に守る! 絶対にだっ!

議会長
議会長

ふふっ……期待しているわ。アンリ……

その言葉にアンリは顔を赤く染め、ぷいっとそっぽを向きテーブルの上の書類をとり、グイッと議長に書類を押しつける。
議会長
議会長

これは?

アンリ
アンリ

国境封鎖と山間部の要塞化の計画書です……敵の侵入を許した時には平地を引きあげ、山からの反撃をする拠点を築きます

アンリは、すでに平時の表情に戻っている。すこしだけ頬は赤いが……
議会長
議会長

そう……これはすぐにすすめていいわ。委員会には私から根回ししておく

アンリ
アンリ

よろしくお願いします。私はすぐに国境の封鎖の様子を確認しにむかいます。失礼します

そう言ってアンリは、部屋を出ていってしまう。
議会長
議会長

よろしくお願いね……アンリ……

…………
……