一羽の隼が、空を舞う。
その鋭い眼光の先にいるのは一羽のウサギ……
隼の存在に気がついたウサギは、跳び逃げ出すが、
隼はその一瞬前に降下にはいっていた。
隼はウサギの逃げ先を奪いながら滑空して――
???
???

よしっ! ネフド、今日の夕飯はウサギにきまりだ。お前、好きだろう?

餌掛(グローブ)をつけた男が、となりに構える少女に話しかける。
その年の差をみれば親子だろう。
ネフド
ネフド

ん……

ネフドと呼ばれはひとりの少女は、軽くうなずくだけで、
ウサギのもとへと駆け出してしまう。
???
???

ふぅ……相変わらずか。昔はなぁ……

苦笑いを浮かべた男は頭をポリポリと掻き、餌掛をつけた手を横に伸ばす。
それに気がついた隼は、獲物を放して男の腕に戻ってくる。
???
???

ほらよ……

餌掛へと戻ってきた隼に餌を与えた男は、空を見あげる。
???
???

んっ? 風向きがかわったな。季節の変わり目か……

…………
……
ルブアルハーリー王国――
砂漠の続くこの国は、ほんの一時前までは、
世界的宗教の聖地がある国として有名であった。
多くの信者が訪れることによる収入を国家の基盤としていたが……
数年前、とある資源が見つかったことにより、その主軸が一変した。
そう……石油である。
石油が見つかったことにより、収入の中心は宗教から石油産業へと変化し……
国家の政策までも変化をむかえた。
その石油産業を握っているのが、ルブアルハーリー家――この国の王族だ。
王族のひとりであり外交を取り仕切るガワル・ルブアルハーリーのもとに、
非常に厄介な客が訪れていた。
ガワル
ガワル

この書類は、どういうことですか?

口元に笑みを浮かべたガワルだが、サングラスを通した視線は、
とても険しいものである。
アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

説明しましょう。我々アルメリカはあなたがたの助力を必要としています。ルブアルハーリー王国にぜひ、協力をお願いしたいのです

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

我々アルメリカの軍一個師団を、あなたがたルブアルハーリーに駐留させてほしいのです

ガワル
ガワル

一個師団をですか……

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

はい。ご存じのように、世界はふたつの勢力による激しい戦いが続いています

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

しかし我々アルメリカと敵対関係にあるプロイセン、皇国は短期間で力をつけ、非常に大きな脅威となっています

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

しかし、その勢いを維持するためには、資源がとても大切です。かの二国は、世界有数の産油国に狙いを定めることでしょう

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

また地理的にみても、このルブアルハーリーは二国に楔を打ちこむには、要衝となります

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

ルブアルハーリーのため……そうして我々アルメリカの勝利のためにも、ぜひ受けいれていただきたい

ガワル
ガワル

…………それは簡単なことではありませんね

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

それは前回も、その前も聞きました。でも、もう猶予はありません。皇国、プロイセンの脅威は日に日に強くなるばかりです

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

明日にでも祖国を失うかもしれないと震えて過ごす人たちが、今の世界にはあふれています。我々アルメリカは、その人たちを救いたいのです

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

もちろん、その中にはルブアルハーリーも含まれていますよ

そう言ってガワルを見つめてくる視線は、言葉とは裏腹にとても鋭いものだ。
ガワル
ガワル

……………………

その視線をまっすぐに受けとめながら、ガワルは思考を巡らせる。
ガワル
ガワル

(我々を守ると言ってはいるが、どこまで本気なのだろうか……我々への安全保障を理由に石油資源の無償提供を要求してくる可能性もある)

ガワル
ガワル

(その駐留をきっかけに、戦後の駐屯……あるいはルブアルハーリーを傘下におさめようとする可能性も棄てきれない……認めることは……)

ガワル
ガワル

外交官……前にも一度お断り――

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

…………本当に断っていいのですか?

ガワル
ガワル

と、いいますと?

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

ルブアルハーリーは、近年目覚ましい発展をとげてきたのは事実です。しかし、その中心となるのは石油ではありませんか?

ガワル
ガワル

はい…………

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

しかし原油があっても、意味がないのではありませんか?

ガワル
ガワル

…………!?

ガワルは勢いよく立ちあがると、アルメリカの外交官を睨みつける。
ガワル
ガワル

あなたがたは、石油精製技術を人質にとろうというのかっ!

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

さて……私はそのようなこと、言った憶えはありませんよ

そう言ってニヤリと笑む外交官。
産油国の多くは、石油需要の急激な伸びにより目覚ましい発展をとげた国が多くある。
しかし、それ故に技術レベルでは先進国には遠く及ばないのが現状だ。
ルブアルハーリーも同様で……高度な管理が求められる石油精製の技術は海外の……
とくにアルメリカの技術支援をうけているのが現状だ。
ガワル
ガワル

(くっ……卑劣な…………)

奥歯をギリギリと噛みしめるガワル。
ガワル
ガワル

(こんな時に、フェダーインがいてくれれば……)

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

いかがですか?

その言葉を聞き……ガワルはストンと座りこむ……
そうして……ペンをとり、紙へと手を伸ばそうとした時――
???
???

すまない。ガワル様、遅れちまったみたいだな

ガワル
ガワル

ダフナ、ネフド!

その名を呼び、勢いよく立ちあがるガワル。
その視線の先にいるのは、長身の初老の男ダフナ・フェダーインと、
小柄な女の子ネフド・フェダーインのふたりだ。
ダフナ
ダフナ

ガワルの旦那、待たせたな

ネフド
ネフド

ん…………

ニヤリと笑んだダフナと、無表情のままのネフドはガワルのほうへと歩み寄る。
ガワル
ガワル

よくぞ、来てくれたな。修行のほうはもういいのか?

ダフナ
ダフナ

ああ……風が移り、季節が移り変わった。まあ……ネフドは相変わらずだけどな……

そう言ってポリポリと頭を掻きながら、机の上の書類を見つめる。
ダフナ
ダフナ

ふーん……なるほどな。アルメリカさんよ

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

なんでしょうか?

ダフナ
ダフナ

ルブアルハーリーは、これを受け入れることはできねぇな

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

しかし……プロイセンや皇国に対抗できるのは、わがアルメリカにおいて他にはない。ルブアルハーリーを守るためには――

ダフナ
ダフナ

たしかにアルメリカは列強各国の中でも、飛び抜けた軍事力をもっているだろうな……しかし、それは海と普通の陸地のみ……

ダフナ
ダフナ

砂漠においての最強は、このフェダーインが司るルブアルハーリー軍だ……そうだろう?

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

くっ……

ニヤリと笑むダフナに、アルメリカ外交官はギリッと歯をならす。
アルメリカは、砂漠で行われたルブアルハーリーとの軍事演習にて、
大敗を喫したことがある。
ダフナ
ダフナ

我々、フェダーインはなにがあろうとルブアルハーリーを守り抜く! 代々、それを責務としてきた一族に誓う

ダフナ
ダフナ

我が国のことは心配無用と報告してくれ

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

後悔しないのか……

ガワル
ガワル

そうですね……アルメリカとはいい関係を続けたい……そう思っています

ガワルは、微笑みを向ける。
ガワル
ガワル

しかし、それができないとなれば、我々は今後の発展のため、大きな決断をする必要があるでしょう

ガワル
ガワル

石油精製の技術をもちながら、石油不足に悩む国と手を結ぶことも考えていかねばならなくなる……

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

まさか……もう交渉を……

ガワル
ガワル

さて……どうでしょうか?

アルメリカ外交官
アルメリカ外交官

くっ……き、今日のところは出直させていただくことにする、失礼するっ

ガワル
ガワル

ふぅ……ダフナ、助かった

ガワルが差し出した手を、ダフナがとるとギュッと強く握りしめる。
ダフナ
ダフナ

すまなかったな。まさかアルメリカがあんな馬鹿な提案をしてくるとは思わなくてな。しばらくは首都にとどまるつもりだ

ガワル
ガワル

よろしく頼む。守護者、ルブアルハーリーの隼よ

こうしてダフナ・フェダーインはネフド・フェダーインは、
戦列に復帰することになった……
…………
……