フィリックス
フィリックス

フランセーヌ大統領閣下! フィリックス・ドゴレール、入ります!

フランセーヌ大統領府にある、豪奢な執務室。
ここはかつて皇帝と呼ばれた男たちが、歴史を動かした部屋だ。
しかし剛胆なフィリックスを真剣たらしめているのは、過去への畏怖ではない。
プロイセンのフランセーヌ侵攻が開始された今、
なにゆえに自分が前線より大統領府に召還されたのか、という疑問。
そして道中、次々と飛び込んでくる前線の戦況が、彼を緊張させていた。
そしてフィリックスはこの部屋に、自分と大統領の他にもう一人、
思いがけない女性がいるのに驚く。
フィリックス
フィリックス

……閣下。なぜ、ご息女がここに?

シャルル
シャルル

お父様。私も不思議です。なぜ私やフィリックスさんを、お呼びになったのでしょう?

列強国の雄、フランセーヌ共和国の大統領にして麗しき淑女シャルルの父であるシャルドンは、
苦渋に満ちた表情で、二人の問いに答えた。
フィリックスに、シャルルを連れてブリタニアへと、脱出して欲しいと。
フィリックス
フィリックス

なぜです! 承服しかねます! 前線の苦しい状況は、小官も存じております。ですが閣下

フィリックスは、誇り高い男だ。戦わずに逃げろと言われて、
命令ですからと従う人物ではない。
だがシャルドンが続けた一言は、彼の反論を消し飛ばした。
もはやパリ陥落は、時間の問題だと。
プロイセンとの国境に構築された、万全の防衛網である要塞地帯”マジノライン”
を迂回したプロイセン機甲師団は、フランセーヌ国内を蹂躙しつつあった。
フランセーヌの国防の要は”マジノライン”を始めとする要塞群と、
天然の要害であるアルデンヌの森だ。
しかしプロイセン機甲師団は、不可能と思われていた戦車でのアルデンヌ通過を果たし、
フランセーヌ軍の防衛戦力を無防備な後背から襲いかかり、次々と潰走させたのだ。
シャルル
シャルル

そんな……

フィリックス
フィリックス

早い、早すぎる! プロイセンは機甲師団規模で、電撃作戦を実行したというのか!

電撃作戦とは、爆撃機などで敵の前線に突破口を開き、
そこから戦車を縦深突撃させて無防備な敵中枢や兵站を撃破し、
混乱と士気の崩壊を引き起こすものである。
突入した自軍は脆弱な敵部隊を急襲するため、
強固な防御陣地や前線部隊とは戦わず、被害が少ない。
逆に統制と士気を失った敵軍は組織的戦闘力を奪われ、
容易く各個撃破されるか、無秩序に敗走するしかない。
フィリックスはフランセーヌにおける電撃作戦の研究者でもあり、
それゆえ事態を知って憤慨し、絶望したのだ。
フィリックス
フィリックス

閣下。なればこそ小官に、戦闘の機会をお与え下さい。機甲師団を編成し、パリを守ります! 閣下とご息女は、その間に脱出して下さい!

シャルル
シャルル

そうです、お父様も一緒に逃げましょう

それはできない、とシャルドンは答える。
自分はフランセーヌ共和国の大統領である。
大統領が首都パリから逃げれば、共和国がフランセーヌ国民を見捨てた事になる。
シャルル
シャルル

お父様……

思わず涙ぐむ娘を、しっかりと抱擁する父。
自分も立派な人間ではない。娘かわいさに、
この子を連れて逃げて欲しいと頼む恥知らずな父親だと、シャルドンは呟く。
しかしフィリックスは、心から敬意を込めて敬礼した。
政治家として国民を見捨てず、父親として娘を案じる大統領を、
彼は心より敬服したのだ。
シャルル
シャルル

分かりました。どうかお父様、ご無事で。私はフィリックスさんと、ブリタニアに参ります

シャルルとの別れを済ませたシャルドンは、フィリックスの肩を叩き、言った。
フランセーヌは一時、プロイセンに屈する。
だがフランセーヌの栄光を取り戻すために、若く勇敢で過去に囚われない、
フィリックスのような人物が生き延びねばならない。
フランセーヌの国民に希望を与える、英雄が必要なのだ。
フィリックス
フィリックス

シャルドン大統領閣下。ご息女シャルル様をお預かりしました。小官の命に代えてもお守りし、必ずやパリへと凱旋しましょう

一礼するとフィリックスは、別れを惜しむシャルルの手を引き、足早に退出する。
すでにプロイセン軍来襲の報はパリに伝わり、市内は混乱の極にあった。
まずはブリタニアまで、脱出しなければならない。
シャルル
シャルル

さようならパリ。麗しき花の都。また逢う日まで、しばしのお別れです

父との突然の別離、そして押し迫る戦火と未来への不安を抱えながら、
シャルルはフィリックスに支えられ、大統領府を出るのだった。