日本軍の飛行場建設に端を発し、南太平洋に浮かぶ小さな島
ガダルカナル島をめぐり争われたソロモンの消耗戦は、
日米双方に甚大な流血を強いることとなった。
日本軍は当初、本格的な攻勢防御の端緒として
ガダルカナル島に上陸してきたアメリカの意図を見抜けず、
いたずらに小兵力を分散投入し、その傷口を広げていった。
一方アメリカはその強大な機械力をもって、
1942年8月17日に日本軍から奪取した飛行場を、
ヘンダーソン飛行場として完成させ、
海兵隊のF4F、SBDを進出させた。
ことここに至って、日本軍もガダルカナル島ヘの本格的な
兵力増援を始めたが制空権、制海権を奪われた状態では
高速輸送による輸送も駆逐艦による鼠輸送もままならず、
これらの「東京急行」は
次々と底鉄海峡の波間にむなしく消えていった。