曹操陣営

荀 彧
荀 彧

もー! 銀河お兄ちゃん、遅いよー!?

銀 河
銀 河

す、すまない。これでもかなり早く出てきたつもりだったんだが……

大きな卓を囲むようにして、荀彧をはじめとした魏軍の面々はそれぞれの席についている。
銀河が自分の席に腰掛けたと同時に、曹操が軍議へと姿を現した。
曹 操
曹 操

……皆、集まっているようだな

一度、室内を見渡すと、曹操も自らの席に腰を下ろす。
軍議自体の雰囲気は、以前のそれと比べるといくばくか和やかなようにも感じられる。
前回の戦に勝ったことが影響しているのだろう。
曹 操
曹 操

では、早速だが……程昱、お願いしてもいいか

程 昱
程 昱

承知しました

程昱はよっこいせ、と立ち上がる。
そのまま曹操の隣まで移動すると、書き換えられた大型の勢力図を開いた。
夏侯惇
夏侯惇

ほう……

銀 河
銀 河

こうして実際に地図にしてみると、何とも言えない達成感があるな

曹 操
曹 操

惇、銀河。この程度で感動してもらっては困るぞ。こんなものは天下平定の第一歩に過ぎんのだからな

曹操は、程昱に先を促す。
程 昱
程 昱

さて、とりあえず最初の目的であった豫州の統一は成されたわけですが……

曹 操
曹 操

残念ながら、そうゆっくりしている暇もないわけだ……なんせ、周りは敵だらけだからな

程 昱
程 昱

見ての通り……現在、我が魏軍は残念ながら周囲の勢力と比べるとまだまだ弱小勢力となっておりまして、予断の許されない状況となっております

程昱は持っていた棒で、豫州の周りをなぞっていく。
銀 河
銀 河

相変わらず敵に囲まれている状態は変わっていないというわけか

程 昱
程 昱

そういうことです。そこで、今後出兵を続けていくに辺り、ここにいる面々にも予め敵の名前や勢力を頭に入れておいてもらいたいと思うわけですが

夏侯惇
夏侯惇

うむ。戦を始めるにはまず敵を知ることから、ってことだな

程 昱
程 昱

そういうことです

夏侯惇の言葉に、程昱は満足気に頷いた。
曹 操
曹 操

では……荀彧、荀攸。頼む

荀 彧
荀 彧

は~い! 待ってましたー!

荀 攸
荀 攸

しょ、承知しました……

座り込む程昱に代わり、荀彧が元気よく、荀攸は何故か申し訳なさそうに立ち上がる。
荀 彧
荀 彧

ではではっ! ここからは天下を彩る美人姉妹二荀が、敵勢力についてお伝えいたします☆

荀 攸
荀 攸

お、お伝え……いたしますぅ

銀 河
銀 河

せっかく程昱の作り上げた雰囲気を、完全にぶち壊してるような気がするんだが……

なんだかんだ、この空気にも慣れてきてしまっている銀河だった。
荀彧は程昱から長棒を受け取ると、軽やかに地図を指し示す。
荀 彧
荀 彧

まずは~! 北の冀州の名門、袁紹本初!

荀 彧
荀 彧

兵力、資金力、その他全てにおいてひっ・じょーに強大! 正直言って、今のうちの戦力じゃあ全く敵わないかな~♪

夏侯淵
夏侯淵

……地図上で見る限りでは、豫州とそんなに国の大きさは変わらんのだがな

荀 攸
荀 攸

こ、国土だけでは推し量れないものがありますから……

荀攸が欠かさずフォローを入れる。
荀 彧
荀 彧

さてさて、お次は~! 南東の楊州の袁術公路!

荀 彧
荀 彧

さっきの袁紹本初の妹で同じく名門! 強大な勢力であの孫堅文台を配下にしていたけど、孫堅が亡くなった後を継いだ孫策伯符とは、なんかあんまりうまくいってないみたいなのー!

曹 操
曹 操

孫策伯符……孫堅の子か。それはなかなか興味深いな

荀 彧
荀 彧

さらにさらにー! 南西の荊州には劉表景升! 特記事項は、特にありません!

夏侯惇
夏侯惇

ないのか……?

荀 攸
荀 攸

あ、あとで補足で説明しますので……

荀攸は妹の代わりに頭を下げる。
荀 彧
荀 彧

冀州の袁紹、楊州の袁術、荊州の劉表! この巨大な三つの勢力に囲まれる形で、我が魏軍の運命はもはや風前の灯火だねっ!

銀 河
銀 河

だねっ! って……なんだかなぁ~

確かにわかりやすくはあったものの、妙に身体の力が抜ける説明だった。
荀 彧
荀 彧

ただ、それぞれの勢力がすぐにこちらに攻めて来ることはないと思うけどねー

銀 河
銀 河

? どうしてだ?

首を傾げる銀河を見て、荀彧は荀攸に長棒をパスする。
荀 攸
荀 攸

えーと……まず、冀州の袁紹は現在幽州の公孫讃と交戦中です。こちらに兵を割くようなことをしたら、自滅を招きかねません

銀 河
銀 河

……ということは、狙い目なんじゃないか?

夏侯淵
夏侯淵

この兵力では袁紹だけでもしんどいと話していたのに、公孫讃とまで刃を交えるつもりか?

銀 河
銀 河

あっ。そ、そうか……

荀 彧
荀 彧

あはは、お兄ちゃんってば単純だなぁ~

銀 河
銀 河

……夏侯淵に言われるならいいが、荀彧に言われると何だか妙に傷つくな

曹 操
曹 操

少なくとも、兵法の勉強があまり進んでいないのは確かなようだ

銀 河
銀 河

ううう

集中攻撃を受け、銀河はがっくりと肩を落とした。
荀 攸
荀 攸

次に、楊州の袁術ですが……現在は配下である孫策と争っているようです

銀 河
銀 河

ということはつまり……

夏侯惇
夏侯惇

内紛か

荀 攸
荀 攸

そうですね。現状、楊州は内紛状態にあります。国土が広いこともあって、現在は国内の統治に悪戦苦闘している状況かと……

荀 攸
荀 攸

最後に荊州の劉表についてですが……彼はあまり野心を持っておらず、他国に侵攻するとは考えにくいです

銀 河
銀 河

……そんなやつもいるんだな

曹 操
曹 操

そりゃあいるだろう。私からすれば全くもって理解できんがな

荀 攸
荀 攸

えと……私からは以上です

曹 操
曹 操

ああ、ご苦労だった

荀攸はペコリと頭を下げ、席に戻っていく。
荀 彧
荀 彧

それでね、それ以外の近くの勢力についてなんだけど

荀 彧
荀 彧

まず、東の徐州は、つい最近まで陶謙恭祖が治めていたんだ。でも最近やってきたもんのすごーく強い人が陶謙をぶっ倒しちゃって、代わりに治めてるんだって

銀 河
銀 河

ぶ、ぶっ倒しちゃってって……

身も蓋もない説明に、銀河は額に汗を浮かべる。
夏侯淵
夏侯淵

ものすごく強い人、というのは?

荀 彧
荀 彧

それは……えーとなんだっけ? 呂岱?

銀 河
銀 河

いや、俺に聞かれても

そもそも銀河は荀彧たちと比べると各州の情勢に詳しいわけではない。
助けを求めるように、周りの者に視線を向ける。
夏侯惇
夏侯惇

……呂布だ

張 遼
張 遼

呂布……

曹 操
曹 操

そういえば、張遼の出身は呂布と同じ涼州だったな?

曹操の言葉で、一同の視線が張遼に集まる。
張 遼
張 遼

はい。涼州の地で、一度だけ眼にしたことがあります。血の様に紅い馬に跨り、鬼神の如き強さ誇る武神……

曹 操
曹 操

私も目にしたことがある。だが、天下無双と詠われる割には、圧倒される物が感じられなかった。確かに強くはあったがな

夏侯惇
夏侯惇

しかし、あれほどの大男はそうはいまい。俺も、自分よりもでかい男をみたのは初めてだった

張 遼
張 遼

呂布は女です

夏侯惇
夏侯惇

お――

銀 河
銀 河

女ぁ!?

夏侯惇の声は、銀河の声で完全にかき消された。
立っていた荀攸が驚いて、ビクリと身体を震わせる。
荀 彧
荀 彧

お、おにいちゃん、声が大きいってば~

銀 河
銀 河

い、いや、すまんすまん。しかし、正直たまげた。あれが女とは……確かに仮面で素顔は見えなかったが……

曹 操
曹 操

なるほどな。女性であの体躯と剛勇とは……惇の嫁に欲しいな

夏侯惇
夏侯惇

いらん……!

銀 河
銀 河

はっはっは、そりゃあいい。どんな子どもが生まれ――なんでもない

ちゃき、と刀を抜こうとした夏侯惇を見て、銀河は即座に大人しくなった。
曹 操
曹 操

……で、他はどうなっている?

程 昱
程 昱

北東の青州には黄巾賊の残党が蔓延っておりまして……その残党が豫州の北のエン州にも流入してきているとのことです

荀 攸
荀 攸

劉岱殿からも、救援の要請が来ているそうです

曹 操
曹 操

ふむ……

夏侯淵
夏侯淵

……劉岱など、知ったことではないがな

夏侯惇
夏侯惇

いや、ここで恩を売っておくのも賢い判断だ。どうせ黄巾の残党とはいずれやりあうことになる……孟徳は奴らに恨まれているからな

銀 河
銀 河

そうか。張角を討ったから……

曹 操
曹 操

そういうことだ

張角は黄巾賊の指導者であった。
ならば当然、張角の仇である曹操は、黄巾賊に命を狙われることになる……。
程 昱
程 昱

まずは、周囲の小さな勢力を下して、戦力を整えるのが良いでしょうな。劉岱殿の救援に応えて、エン州の賊を一掃するのがよろしいのでは?

荀 彧
荀 彧

うんうん。さっきの話の通り、大きな勢力はしばらくは攻めてこないだろうしね~!

曹 操
曹 操

あえてこちらから攻め込むこともできる訳だがな

夏侯惇
夏侯惇

孟徳、勇猛と無謀を履き違えるな

曹 操
曹 操

わかっている。無意味な戦で兵を減らしたくは無いからな

程 昱
程 昱

それに、一度に複数の勢力と事を構えることも控えた方がよいでしょうな

曹 操
曹 操

それも、解っている……! お前たち、そんなに私が戦好きに見えるのか!?

銀 河
銀 河

見えるが……

曹 操
曹 操

ほう? 銀河、何か言いたげな目をしているな

銀 河
銀 河

いやいやいや、何も!

曹操の視線を真っ向から受けて、銀河は首をぶんぶんと左右に振った。
曹 操
曹 操

というのは、まぁ冗談だが

曹 操
曹 操

まとめると、とりあえず袁紹袁術姉妹は今の時点で相手にするのは避けたほうがよさそうだな

程 昱
程 昱

その方が賢明でしょうな

荀 攸
荀 攸

……劉岱の救援はどうなさいますか?

曹 操
曹 操

救援には向かう。が、一旦保留にしておこう

荀 攸
荀 攸

保留……ですか?

曹 操
曹 操

ああ。先ほど夏侯惇も言っていた通り、黄巾の残党とはいずれ戦うことになる。どうせ戦うならしばらく劉岱に頑張ってもらって、少しでも数を減らしておいてもらう方が賢明だろう

銀 河
銀 河

な、なるほど……

銀河は曹操の思慮深さに感服して腕を組む。
楽に黄巾賊を排除でき、かつうまくいけば劉岱に恩まで売れるというわけだ。
曹 操
曹 操

劉岱には勅使を送って、可能な限り早く救援に向かうと伝えておいてくれ

荀 攸
荀 攸

わかりました

曹 操
曹 操

よし、今日はこれで終わろう。明日以降、出陣にあたっての策を練る

曹操の一言で軍議は閉会した。
銀河は最後にもう一度勢力図を眺める。
少なくとも楽な戦いにはならなそうだ、と銀河は気を引き締めるのだった。