孫策陣営

揚州の街並みは今日も賑わっている。
人の流れは途切れることなく、客をつかまえようとする商人たちも活気に溢れていた。
孫 策
孫 策

うむ、今日も今日とてよい眺めだな

周 瑜
周 瑜

孫策、やけに嬉しそうだな

孫 策
孫 策

当然だろう。街に人があふれて物が行き交うということは、それだけ街に生命力があるということだからな

周 瑜
周 瑜

なるほど。そうは言っても、街を散策している場合じゃないだろう? 他にもするべき事はあったはずだが

孫 策
孫 策

流石は周瑜、よく私のことを分かっているな。実は現在、息抜きの真っ最中だ

周 瑜
周 瑜

仕事しろ

孫 策
孫 策

断る。働きたくない、働きたくないでござるよ!

周 瑜
周 瑜

……孫策、私はお前のそういう所が苦手だ

孫 策
孫 策

ははははは。なんだその反応は。かわいいやつだな

周 瑜
周 瑜

お前はバカか!? 男にかわいいは不適当だろう

孫 策
孫 策

訂正しよう。ははは、愛いやつめ

周 瑜
周 瑜

余計に悪いっ!

孫 策
孫 策

なんだ、古馴染みに対する軽い冗談ではないか。ほれほれ、そんな顔をしていては美周郎の名が台無しだぞ

周 瑜
周 瑜

だ・れ・がっ、人を怒らせてると思っているんだ……!

孫 策
孫 策

あまりカリカリするな。甘いものでも食べて気を落ち着けるといい。もちろん奢るぞ?

周 瑜
周 瑜

私はもので釣られるような安い人間では……

孫 策
孫 策

知っているさ。私が礼を尽くして聞かぬお前ではないという事もな

周 瑜
周 瑜

ぐぬっ……!

孫 策
孫 策

さて、それでは露店めぐりといくか!

周 瑜
周 瑜

あっ、おい、孫策! 勝手に先に行くな!

孫 策
孫 策

ふーむ、周瑜が好きそうなものと言えば何があったかな

孫策は器用に人の波間をすり抜ける。
その滑らかな足取りは、彼女がこの街を歩き慣れていることを存分に感じさせるものだった。
だから彼女は、見慣れぬ人の流れにも敏感に気付いた。
孫 策
孫 策

うん? あの辺りは……

いつも目当ての甘味を扱っている商人がいない。
代わりに知らぬ顔ぶれが立っていた。
商 人(男)
商 人(男)

さあさ皆さん、こちらの商品、わざわざ遠方から仕入れてきた珍品だよ! 買うなら今だ、さあどうだい!

孫 策
孫 策

おい、そこのお前。お前だ、お前

商 人(男)
商 人(男)

はい? わたくしでございますか?

孫 策
孫 策

そうだ、いい返事だな。無断で商売をしていなければもっとよかったが、ちょっと顔を貸せ

無断。その言葉を聞いた瞬間、孫策を知る街の人々はざっと道をあける。
孫策は堂々と割れた人垣の間を通り、物言い通りの不遜な態度で商人を睥睨した。
孫 策
孫 策

この街では、商いをするのに予め話を通してもらう必要がある。取り決めを守らぬものは風体ですぐに分かるよ

商 人(男)
商 人(男)

ああっ、こいつは失礼を。ショバ代でしたら今すぐにでも用立てを――

孫 策
孫 策

勘違いするな、金は取らん。ただ、変な物を売って貰っても困るので商人を検めるようにしているだけだ

商 人(男)
商 人(男)

うへえ。するってぇと、面相が悪けりゃ商売は許さんと、そういうお話ですか

孫 策
孫 策

平たく言ってそうなるな。ちなみにお前は不合格だ。さっさと店を引き払うがいい

商 人(男)
商 人(男)

理由を聞いてもよろでしいですかい?

孫 策
孫 策

勘だ

商 人(男)
商 人(男)

へ?

孫 策
孫 策

それと、筋をちがえる人間を私は好かん

商 人(男)
商 人(男)

なんともまあ、孫家の娘さんはどうにもお心が狭いようで……。お父上はもっと広いお心をお持ちでしたがね……

孫 策
孫 策

おい貴様

商 人(男)
商 人(男)

げぶぅっ?!

孫 策
孫 策

誰が狭量で横暴だと?! 言葉を選ばんと殴るぞ!

周 瑜
周 瑜

このアホウ! どこからつっこめばいいんだ、このバカ孫策!

孫 策
孫 策

なんだ、周瑜か。遅かったな

周 瑜
周 瑜

なんだじゃない! いきなり人を殴る奴があるか!

孫 策
孫 策

無礼者に仕置きしただけではないか。あと、人を呼ぶならアホかバカか統一しろ。そののちに謝罪するがいい

周 瑜
周 瑜

どこまでマイペースなんだボケ主! ええい、話にならん! ちょっとこっちへ来い!

孫 策
孫 策

おい、待て、周瑜。あまり乱暴に腕を引くな。痛い

周 瑜
周 瑜

知らん! あー、皆の者、騒がせてすまなかった。その者に医者を呼んでやってくれ。何か問題があったら周瑜公瑾の元へ来るように

周 瑜
周 瑜

ほら。孫策、行くぞ!

周 瑜
周 瑜

お前が悪い

孫 策
孫 策

納得がいかん

周 瑜
周 瑜

納得しろ

孫 策
孫 策

無理だ。愛が足りん。私にはもっと寛容をもって応じろ

周 瑜
周 瑜

私はすでに十分すぎるほど寛容だ……

孫 策
孫 策

見解の相違とは切ないな

周 瑜
周 瑜

……あのな、孫策。確かにあの商人は無礼であったが、一国の主たるもの、考えなしに人を殴ってはダメに決まっているだろう

孫 策
孫 策

考え事をしていては間に合わんではないか

周 瑜
周 瑜

ふむ?

孫 策
孫 策

迷うと隙ができるだろ、隙が出来ると攻められるだろ、攻められると首が飛ぶだろ、首が飛んだら死ぬじゃないか

周 瑜
周 瑜

戦を基本に考えるんじゃない、脳筋め!

孫 策
孫 策

しかしなあ。肌に合わんものを街に置いたら確実に問題になるぞ?

周 瑜
周 瑜

それには確かに一理あるがな。統治者が言葉を尽くさなければ民は納得しないんだ

孫 策
孫 策

世の中難しいな

周 瑜
周 瑜

まったくだ。だからな。もし人を殴ろうとするならば、殴っていいかどうか私が考えるから、まずは相談しろ

孫 策
孫 策

周瑜……。おまえは私に無理難題ばかりをいう……

周 瑜
周 瑜

別に無理難題ではない

孫 策
孫 策

まあ、お前がそう言うのならそうするが。……四六時中、一緒にいろよ?

周 瑜
周 瑜

は?

孫 策
孫 策

でなければ即座に相談できんではないか。いくら古馴染みとはいえ、さすがにこれは近づき過ぎではないかと思うんだが、お前が望むのなら――

周 瑜
周 瑜

あ、あああ、アホかー! 少しは自重する気になれ!

周瑜の叫びが周囲に響く。
その武勇に対して未だ未熟な部分の多く残る孫策が、周瑜を穏やかな気持ちにさせる日は来るのか。
誰も答えられぬまま、ある日の日常は過ぎてゆくのだった――。